松下 誠人 (循環器内科専門医)
医学博士、日本循環器学会認定循環器専門医、日本内科学会認定内科医、日本心血管インターベンション学会認定医
2007年 日本医科大学卒業
現在日本医科大学千葉北総病院集中治療室に勤務
Rutgers New Jersey Medical School
Cell Biology and Molecular Medicine
Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
今回は細胞死の種類についてお話させて頂こうと思います。心不全や心筋梗塞などの心臓疾患のメカニズムや治療方法を研究していくうえで、いかに心筋細胞を救済するか、つまり細胞死に陥らないようにするか、というのが根本的な目標となります。細胞死にはいくつかの様式があります。従来から言われている細胞死として、アポトーシス(Apoptosis)とネクローシス(Necrosis)があります。
1. アポトーシス(Apoptosis、計画的細胞死)
アポトーシスは、細胞が自己の死を計画的に起こす過程であり、通常は体内の正常な発生や組織の恒常性の維持に重要な役割を果たします。この過程では細胞が制御された方法で死に、周囲の組織に損傷をきたしません。
アポトーシスの機序:
細胞が膨張して突起物を形成します(ブレッビング)。細胞質では細胞骨格の破壊が起き、核ではDNAの断片化と凝集が起こってクロマチンが濃縮されます。
やがて細胞も断片化され、複数のアポトーシス小体が形成されます。最終的に、アポトーシス小体がマクロファージに貪食されることで、細胞は消失します。
アポトーシスの検出方法:
• アネキシンV染色:アポトーシス細胞では、外膜にリン脂質であるホスファチジルセリンが露出します。アネキシンVはホスファチジルセリンと結合するため、フローサイトメトリーや蛍光顕微鏡でアポトーシス細胞を検出できます。
• TUNEL法:DNAの断片化を検出する方法で、端末デオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ(TdT)を用いて、DNAの3'末端にフルオレセインが標識されたヌクレオチドを付加する方法です。アポトーシス細胞で断片化したDNA末端に付加され、付加された標識ヌクレオチドが蛍光染料などで可視化されます。
• カスパーゼ活性の測定:アポトーシスではカスパーゼというプロテアーゼが活性化され、細胞死を引き起こします。カスパーゼ活性を特異的に検出することがアポトーシスの指標となります。
2. ネクローシス(Necrosis、壊死)
ネクローシスは細胞の急激な壊死過程であり、外部環境の損傷や病理的な状況(例えば、酸素不足や毒素による損傷)によって引き起こされます。ネクローシスは通常、周囲の組織に炎症を引き起こすことが多いです。
ネクローシスの機序:
ネクローシスでは、細胞膜の選択的透過性が破綻することにより細胞が丸く膨潤し、細胞膜は薄くなります。核やミトコンドリアなどの細胞小器官も膨潤し、最終的には細胞膜が破裂して細胞の内容物が飛散します。
ネクローシスの検出方法:
• LDHアッセイ:細胞膜が破裂すると、細胞内の乳酸脱水素酵素(LDH)が外部に漏れ出します。LDHの血中濃度を測定することでネクローシスを検出できます。
• トリパンブルー染色:ネクローシスでは細胞膜が破壊されるため、トリパンブルーという染料が細胞内に入ることができます。この染色方法により、壊死した細胞を視覚的に確認できます。
• PI(プロピジウムヨウ素)
PIは、DNA染色用の蛍光色素で、細胞膜が損傷している場合に細胞内に取り込まれ、DNAと結合します。PIは、細胞膜が破れた(壊死した)細胞に特異的に染色するため、壊死細胞を検出するのに使われます。
• 電子顕微鏡観察:ネクローシス細胞の形態学的な変化を詳細に観察するためには、電子顕微鏡が利用されます。細胞膜の破裂や内部構造の崩壊を観察できます。
さらに近年、ネクローシスのような細胞破裂型の細胞死でありながら、特定の分子によって制御されている細胞死があることも判明してきました。
ネクローシス様のプログラム細胞死には、RIPK3(receptor interacting protein 1 kinase)やMLKL(mixed lineage kinase domain-like)に依存するネクロトーシス(necroptosis)、細胞死の際に炎症性カイトサインIL-1βを放出するパイロトーシス(pyroptosis)などがあり、ホットな研究分野になっています。
図 アポトーシスとネクローシスの違い
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
心臓は、燃料基質からエネルギー通貨であるATP を合成し、全身へ血液を循環させるポンプとしての役割を果たしています。絶え間なく拍動し続けるために、エネルギー基質として利用可能なさまざまな燃料(基質)を用いています。通常の状態では、その約6~7 割を脂肪酸の酸化により得ており、約3 割をブドウ糖などの炭水化物に頼り、残りはケトン体や乳酸などをエネルギー基質としています。しかし、虚血イベントが生じると、ATP合成時に酸素を必要とする脂肪酸をエネルギー基質として使用できなくなるため、解糖系によるエネルギー産生量を増やして対処しようとします。
生体のエネルギーはATP のリン酸結合に蓄えられていて、「ATP 合成」とはアデノシン二リン酸(adenosine diphosphate: ADP)分子にリン酸基1 個を付与することを意味します。生物の各細胞では、この3 番目のリン酸基を切り離すことでその化学的エネルギーを解放して利用しています。冠動脈から十分な酸素供給がない心筋虚血状態では、解糖系を利用したエネルギー補給が重要です。解糖はブドウ糖からピルビン酸を生成する代謝経路です。解糖系代謝の第一歩として,ブドウ糖(グルコース)は、炭素数6 のヘキソース(六炭糖)の一つですが、心筋細胞に取り込まれると速やかにヘキソキナーゼによりリン酸化されグルコース6 リン酸となり、細胞外に出ることができなくなります。その後ホスホフルクトキナーゼ(phosphofructokinase: PFK)によって二つのリン酸基を保つフルクトース1, 6 ビスリン酸が生成されます。PFK は解糖系の律速酵素であり、低酸素などによりPFK が活性化されるとグルコース6リン酸からフルクトース6リン酸を経て速やかにフルクトース1, 6 ビスリン酸が生成されます。この後ヘキソースビスリン酸から2分子のトリオースリン酸が生成され、これが2 分子のピルビン酸となり4分子のATP が合成されます。解糖系の過程で2 分子のATP を使うため、正味2 分子のATP が作られることになります。好気的環境では,ピルビン酸は、ミトコンドリア内のクエン酸回路で酸化され36個のATP が生成されますが、虚血状態ではピルビン酸脱水素酵素の活性がニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(還元型)(nicotinamide adeninedinucleotide: NADH2)により阻害され、ピルビン酸はクエン酸回路に入らず乳酸が大量に産生されることになります。乳酸は細胞内pHを低下させ産生環境が生じ、これが続くと細胞内環境は悪化します。また、解糖系によるATP産生は脂肪酸酸化よりも効率が悪く、虚血下ではエネルギー供給に大きな制限が生じることになります。
また、虚血や圧負荷などにより心不全が進行していくと、脂肪酸酸化や電子伝達系によるATP産生の場であるミトコンドリア自体の機能が低下します。そのような状況では脂肪酸の利用も著明に低下し、ATPのリザーバーであるPCr、最終的にはATP自体も低下していきます。さらにミトコンドリア機能不全が進むと活性酸素種の発生も増加し、細胞死が進んでいくことになります。
図 心筋虚血と心不全におけるエネルギー利用の変化
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
急性心筋梗塞は、心筋細胞を栄養する冠動脈が急速に閉塞することで心筋細胞に血液が供給されなくなり心筋細胞壊死をきたす疾患です。心筋虚血時に細胞傷害をきたすメカニズムは複雑で、多くの要因が関与しています。 病理学的観察では、虚血時には細胞の膨化と細胞内小器官や細胞膜の破断を認め、そこに炎症細胞が集積して貪食により消去されることが確認されています。これは細胞質内のカルシウム濃度が上昇(エネルギーであるATPが枯渇することでカルシウムポンプが機能しなくなるため)することで心筋線維過収縮による細胞壊死や、プロテアーゼ活性化による細胞内蛋白の分解などから生じる直接的DNA損傷や細胞膜破壊による細胞壊死によって起きると言われています。これはネクローシス(壊死)と言われる細胞死の形態と言えます。しかし、アポトーシス(プログラムされた細胞死)やオートファジー(自家貪食)など、ネクローシス以外の細胞死過程が関与することも明らかになっています。特に、アポトーシスを引き起こす大きな要因として、ミトコンドリアでの活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)の産生が挙げられます。ミトコンドリアは、細胞内に存在する小器官で、細胞の活動エネルギーであるATPを生成する、いわゆる「エネルギー工場」と言えます。ミトコンドリア内にある呼吸鎖複合体で糖や脂質の代謝で得られたNADHやFADH2からATPを産生します。NADHやFADH2の電子がこの複合体を経由して最終的に酸素に受け渡されます。この過程で複合体の外と中にプロトン(H+)(外>中)の勾配ができますが、プロトンがATPシンターゼ複合体という道を通って中に戻ろうとするときに大量のATPが生成されるという仕組みです。この過程で、酸素は電子を受け取りSOD1、SOD2、グルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素によって還元されることで最終的に水にまで変換されます(図1)。しかし、虚血状態に陥ると電子受け渡し先である酸素が絶対的に不足するため、呼吸鎖複合体の電子の流れが正常に機能しなくなり、複合体Ⅰや複合体Ⅲの部分に停滞した電子が不完全な形で酸素に受け渡され、ROSが過剰に産生されるようになります。ROSは細胞膜の重要な構成成分である脂質と反応し細胞膜の機能傷害、細胞内のタンパクと反応して細胞内シグナル伝達の障害、DNAの損傷、アポトーシス経路(カスパーゼ、カルパイン経路など)の活性化などを通して細胞障害を引き起こします。
また、急性心筋梗塞時に行われる再灌流療法(冠動脈カテーテル治療やバイパス術)により血流が再開したときにも大量のROSが産生されると言われており、これは再灌流傷害と呼ばれています。虚血および再灌流時のROSのコントロールは虚血時の心筋傷害を低減するために非常に重要なファクターであると言えます。
図1. ミトコンドリア呼吸鎖複合体でのROS産生と消去機序
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
今回は質量分析(Mass Spectometry; MS)についてお話させていただきます。MSは物質の質量と組成を解析するための非常に強力な手法です。この技術は、分子の質量を正確に測定し、その構造を明らかにするために広く使用されます。
MSの基本的な原理は、質量(m)と電荷(z)を測定することです。このm/z比をもとに、物質の質量や分子構造を推定します。質量分析器は試料からイオンを生成し、その質量を測定することで後述する質量スペクトルを得ることができます。
MSのプロセスは以下の通りです。
(1) 試料のイオン化
MSでは、まず試料をイオン化して質量分析計が測定できるイオンに変換する必要があります。試料をイオン化する方法にはいくつかの種類がありますが、最も一般的な方法には次のものがあります:
• エレクトロスプレーイオン化(ESI):液体試料を電場にかけて細かい霧状にし、その霧からイオンを生成する方法です。タンパク質やペプチドのような 高分子化合物に適しています。
• マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI):固体試料にレーザー光を照射し、試料をイオン化する方法です。固体のサンプルを直接分析するのに適しています。
(2) イオンの分離
イオン化された試料は、質量分析計内で分離されます。分離は、主にイオンのm/z比(質量と電荷の比率)に基づいて行われます。イオンは、電場や磁場を使って加速され、異なるm/z値を持つイオンが異なる軌道を描いて分離されます。一般的な質量分析装置には以下の種類があります:
• 四重極質量分析計(QMS):イオンを電場で選択的に分離する装置で、高速で広範囲の質量範囲をカバーします。
• 飛行時間型質量分析計(TOF):イオンを一定の距離を飛ばして到達時間で分離する装置で、非常に高い分解能を持っています。
(3) イオンの検出
分離されたイオンは、検出器によって検出されます。検出器は、イオンが到達した時点でそのm/z比を測定し、質量スペクトルを生成します。一般的な検出器には以下があります:
• 電子倍増管(EMI):イオンが検出器に到達すると、イオンの電荷を増幅して検出します。
• 光電管(Photomultiplier tube, PMT):イオンによる光を検出して増幅します。
(4) データ解析
得られた質量スペクトルは、イオンのm/z値とその強度(数)を示します。質量スペクトルには、各イオンがどのようなm/z比を持っているかが示され、これを解析することで、試料中の化学物質の構造や質量を推定できます。質量スペクトルは、図2に示すように横軸がm/z比、縦軸が強度で表示されます。質量スペクトルからは分子イオンピーク(分子そのものがイオン化されたピーク。このピークのm/z値は分子の質量に対応し、分子イオンが安定して存在する場合このピークがスペクトルの中で目立つものになるが、イオン化の時に断片化することが多いため分子イオンピークがあまり目立たないこともある。)、基準ピーク(スペクトル内の最も強いピークで、この強度を100%に設定して他のピークと比較を行う。)、フラグメントピーク(分子イオンが断片化して生成されたイオンのピーク。これらのピークを調べることで、分子の構造や化学的な特徴が明らかになる。)などの情報を得ます。さらに、特定のイオンを選択してさらに断片化を行い、そのフラグメントピークを解析すると、分子の構造や酸化、修飾などのより詳細な情報を得ることができます(MS/MS解析)。
MSは様々な分野で応用されていますが、主な用途として以下のようなものが挙げられます。
• 化学分析:化学物質や化合物の定性・定量分析。
• 蛋白質解析:タンパク質の同定、構造解析、修飾部位の特定(例:リン酸化や酸化など)。
• 代謝物の分析:生体内での化学反応や代謝産物の解析。
• 薬剤開発:新薬の特性解析や副作用の発見。
図1. MSの原理
イオン化した資料を質量や電荷の違いによって分離し、質量スペクトルを得る。
図2. 質量スペクトルの例
横軸がm/z、縦軸が強度で表示される
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
今回はレポーター遺伝子アッセイについてお話させていただきます。ある遺伝子Xがどれくらい発現しているかを見るためには、一般的には遺伝子Xの転写産物であるmRNAをPCRで測定したり、mRNAから翻訳されて産生されるタンパクをウェスタンブロットで測定する方法が一般的です。レポーター遺伝子アッセイは、ある遺伝子Xの転写調節活性を調べる方法として用いられる手法です。遺伝子には上流領域にプロモーターと呼ばれる転写を調節する領域があります。ここに転写因子やRNAポリメラーゼが結合することで転写が開始されます。レポーター遺伝子アッセイでは、調べたい遺伝子Xのプロモーター領域を含むベクターに、発現した際に蛍光や発光を示すレポーター遺伝子というものを組み込んだベクターを構築します(図1)。この遺伝子ベクターを細胞にトランスフェクションして組み込むと、遺伝子Xのプロモーターに転写因子などが結合して遺伝子Xの転写が行われる際に、レーポーター遺伝子も一緒に発現することになります。レポーター遺伝子が発現すると発光や蛍光を示すため、発光度や蛍光度を計測することで遺伝子Xの転写活性を評価することが可能となります。レポーター遺伝子アッセイの利点としては、ベクターの構築さえできていれば短時間で測定可能であること、感度が高いため微細な遺伝子発現の変化を検出できること、発光強度による正確な定量評価が可能であることなどが挙げられます。
また、これを応用して、転写因子Yの転写因子としての活性を評価することも可能です。転写因子Yが結合する特異的なプロモーター配列にレポーター遺伝子を組み込んで、転写因子Yがプロモーターに結合した際にレポーター遺伝子が発現することで、転写因子Yの活性を評価します。
図1. ルシフェラーゼレポーター遺伝子アッセイ
調べたい遺伝子のプロモーターにルシフェラーゼ遺伝子を連結させ、これを細胞に導入する。細胞内で対象遺伝子が発現するときにルシフェラーゼも一緒に発現する。ルシフェラーゼの発光基質を添加して発光強度をルミノメーターで測定する。
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今回は免疫染色についてお話させていただきます。免疫染色とは、抗体を用いて、その抗原(目的タンパク質)の発現部位を確認する方法を言います。目的としているタンパク質が、細胞膜、核、細胞質、ミトコンドリアなど、細胞のどのような部位で発現しているかを評価することが可能です。抗原(観察対象)に対する抗体を一次抗体といい、その一次抗体に対する抗体に蛍光色素(蛍光抗体法)、あるいは、ペルオキシダーゼやアルカリフォスファターゼなどの酵素で標識したもの(酵素抗体法)を二次抗体と言います。組織や細胞に一次抗体を処理し、その後、二次抗体を処理します。(図1)一次抗体に蛍光色素でラベルしたものを使用する場合もあります。この場合は、二次抗体は不要になります。蛍光抗体法では蛍光顕微鏡により観察しますが、観察対象の局在を評価できることや、複数の抗原を同時に可視化することができることが特徴です。酵素抗体法は光学顕微鏡や分光光度計で観察しますが、対象としている抗原を定量的に評価する際に利用されます。生細胞を認識できる抗体もありますが、一般的には、細胞を固定後に免疫染色を行います。抗原の発現部位が細胞質内の場合には、細胞膜の透過性処理が必要となります。また固定法によっては、抗原の構造が変化するため、活性化処理が必要な場合もあります。近年、蛍光色素の開発が進み、一次抗体を1種類だけでなく、複数種類の抗体を同時に染色を行う多重染色法も広く使われるようになりました。異なるタンパク質を同時に可視化することで相互作用や共発現の解析に利用されます。
また、AIが発展してきて、画像解析の手法にもAIが取り入れられるようになりつつあります。AIを事前にトレーニングすることで、無染色画像から目的とするオブジェクトを検出し、デジタル上で疑似染色(ステイン)するデジタルステインの手法も開発されています。
1. サンプルの準備
• 組織: 組織標本は固定(通常はパラホルムアルデヒドなどを使用)し、脱水、パラフィン包埋または凍結する。
• 培養細胞: セルカルチャーから細胞を取り出し、スライドに接着する。固定するために、4% パラホルムアルデヒドなどを使用する。
2. 固定
• 目的: 抗原を保持し、細胞や組織の構造を保つ。
• 方法: サンプルを固定液に浸し、一定時間反応させる。その後、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で洗浄する。
3. 脱水(組織の場合)
• 目的: 水分を取り除き、パラフィン包埋の準備をする。
• 方法: エタノールの濃度を段階的に上げて脱水し、その後、キシレンで置換する。
4. 蛋白遮断
• 目的: 非特異的結合を防ぐ。
• 方法: ブロッキング液(通常はBSAや正常血清を含む)で一定時間インキュベートする。
5. 一次抗体の添加
• 目的: 特定の抗原と結合させる。
• 方法: 希釈した一次抗体をサンプルに添加し、インキュベートする(通常は室温または4°Cで数時間から一晩)。
6. 洗浄
• 目的: 非特異的に結合した抗体を除去する。
• 方法: PBSで数回洗浄する。
7. 二次抗体の添加
• 目的: 一次抗体と結合するため、信号を増幅する。
• 方法: 希釈した二次抗体(酵素または蛍光色素結合抗体)を添加し、再度インキュベートする。
8. 洗浄
• 目的: 非特異的な結合を除去する。
• 方法: PBSで数回洗浄する。
9. 可視化
• 酵素抗体法: 基質を加えて色反応を生成し、顕微鏡で観察する。
• 蛍光抗体法: 蛍光染色を観察し、蛍光顕微鏡で解析する。
図1. 蛍光抗体法による免疫染色の原理
対象タンパク質に付いた1次抗体に蛍光標識された2次抗体が反応し、これを蛍光顕微鏡で観察する。
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
今回はシーホースアッセイについてお話させていただきます。シーホースアッセイは細胞の代謝活動を評価するための実験手法です。シーホースXFアナライザーという機械を使用し、細胞の呼吸活動によってプレート内の酸素濃度の変化を測定することで、細胞の代謝機能を評価することができます。シーホースXFは細胞培養プレートのウェル内の酸素濃度を一定時間ごとに測定することができ、これにより酸素消費率(OCR)を算出します。
① 初期測定: プレートに細胞を播種し、測定用の培地に交換した後、基礎的なOCRを測定します。これにより、細胞がどの程度酸素を消費しているか、初期データを取得することができます。
② 試薬の添加: 特定のミトコンドリア機能を評価するために、以下のような試薬を順次添加します。(図1)
• オリゴマイシン: ATP合成を阻害し、ATP生成に伴う酸素消費量を測定。
• FCCP: ミトコンドリア膜電位を崩壊させ、最大呼吸能力を測定。
• ロテノン・アンチマイシンA: ミトコンドリアの電子伝達系を阻害し、非ミトコンドリア呼吸を測定。
③ リアルタイムデータ収集: 各試薬を添加後、ウェル内の酸素濃度の変化をリアルタイムで測定し、それぞれの段階でのOCRを記録します。
さらに、実験の目的によって、解糖系の代謝、脂肪酸の代謝などを個別に評価するためにECAR(プロトン放出率)の測定や、パルミチン酸を投与してOCRの測定を行います。ECARは、細胞がグルコースを代謝する際に乳酸を生成し、これが細胞外環境を酸性化するプロセスを反映します。この酸性化の程度をシーホースアナライザーで測定することが可能です(図2)。また、パルミチン酸は脂肪酸の一種であり、パルミチン酸の添加によってβ酸化経路を介して分解されます。パルミチン酸の添加によって増加するOCRは、細胞の脂肪酸代謝のキャパシティーを反映します(図3)。
図1. OCRで得られるデータ
オリゴマイシン、FCCP、アンチマイシンAを順次投与して細胞の代謝能を評価する。
図2. ECARで得られるデータ
グルコース、オリゴマイシン、2-DG(解糖阻害剤)を順次投与して、細胞の解糖系活性を評価する。
図3. パルミチン酸添加によるOCR測定
パルミチン酸添加の有無でどれくらいOCRが変化するのかを評価する。
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
本日はシングルセル解析についてお話させていただきます。遺伝子発現やタンパク発現は細胞種や細胞の状態によって大きく異なるものの、以前は多様な細胞が混じった集団からまとめて抽出したRNAやタンパクの発現を解析することにより、その集団の平均的な発現レベルを見ることしかできませんでした(Bulk解析)。これに対してシングルセル解析は個々の細胞ごとに遺伝子発現やタンパク発現を解析するもので、一つ一つの細胞の特徴を理解することが可能です(図1)。液体中の細胞を物理的および科学的特性で分別するフローサイトメトリーはシングルセル解析の元祖として古くから用いられてきましたが、現在は様々な技術開発により、より高度な解析が可能となっています。例えば以前は1検体から数種類の遺伝子やタンパクしか解析することができませんでしたが、検出技術の発展により1度に多くの情報を得られるようなりました。また、以前はあらかじめ目的とした遺伝子の発現しか解析できなかったものが、次世代シーケンス技術の応用により、細胞で発現するRNA遺伝子配列を網羅的に検出、さらには定量することが可能となっています。さらには組織内での細胞の位置情報を保持したまま遺伝子発現解析をすることも可能となっており、組織内のどの部分(病変部や健常部)でどのような遺伝子の発現が増えたり減ったりしているのかという情報まで得られるようになっています。
シングルセル解析の代表としてシングルセルRNAシーケンス解析(scRNA-seq)があり、これは単一細胞における遺伝子発現を調べる手法として頻用されています。以下、scRNA-seqについて説明させていただきます。snRNA-seqを行うにはまずは目的とする細胞を分離する必要があります。古くからある技術としてフローサイトメトリーが挙げられますが、現在はマイクロ流体技術を用いた分離が頻用されています。広く使用されている10x Genomic Chromiumシステムでは、各単一細胞をゲルビーズと呼ばれるナノリッターサイズの液滴にカプセル化します。各液滴には細胞の内容物とともにバーコード化されたビーズが含まれており、液滴内でmRNAが逆転写される際に生成されるcDNAにバーコードが付加されます。バーコードが付加されたcDNAを増幅させ、次世代シーケンサーで、その細胞に発現しているmRNAを網羅的に解析していきます(図2)。
図1. Bulk解析とシングルセル解析のイメージ
図2. Single cell RNA-seqのフロー
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
DNAが発現(転写・翻訳が行われる)するためには、転写因子と言われるタンパク質がDNAに結合することで転写が開始されます。またDNAの構造を維持するためにヒストンというタンパク質がDNAに結合していますが、ヒストンが他のタンパク質に修飾を受けることでDNAの発現に変化が出たりします。このようにタンパク質とDNAの相互作用を調べることは、疾患に関する遺伝子発現制御や生物学的パスウェイを調べるうえで非常に重要です。
ChIP-Seqは、DNAに関連するタンパク質の結合部位を同定し、ある特定のタンパク質のグローバルな結合部位のマッピングを可能にします。DNA-タンパク質複合体を架橋し、その後、サンプルを断片化して、結合していないオリゴヌクレオチドを除去するために、エキソヌクレアーゼで処理されます。そしてタンパク質特異的な抗体を用いて、DNA-タンパク質複合体を免疫沈降させます。するとDNAが抽出され、タンパク質結合部位の高分解能のシーケンスが行われます。具体的には以下のような手順で行われます。
1.クロスリンク
タンパク質とDNAの相互作用を保存するために、生きた細胞内でタンパク質-DNA複合体を共有結合を用いて化学的にクロスリンクさせます。通常、ホルムアルデヒドをクロスリンク剤として使用します。
2.クロマチンの断片化
次に、細胞を破壊し、クロマチン(DNAとタンパク質の複合体)を抽出します。その後、クロマチンを、超音波処理(ソニケーション)や酵素処理によって適切なサイズに断片化します。
3.免疫沈降
クロマチン断片から特定の標的タンパク質に結合しているDNAを選択的に抽出するため、標的タンパク質に対する特異的な抗体を使用して免疫沈降(IP)を行います。
4.脱クロスリンクとDNAの回収
免疫沈降されたタンパク質-DNA複合体に対して脱クロスリンクを行い、タンパク質から分離したDNAを回収します。通常、65℃で4時間~overnightインキュベートして、脱クロスリンクを行います。
5.シーケンスライブラリー調製
回収されたDNAは、シーケンスライブラリー調製のために適切なアダプターを付加し、PCR増幅されます。
6.シーケンス
シーケンスライブラリーを次世代シーケンサーでシーケンシングし、得られたリードをゲノムにマッピングします。
7.データ解析
マッピングされたリードから、タンパク質結合領域(ピーク)を同定し、その機能を解析します。
図.ChIP-seqの原理
調べたいタンパク質に結合する抗体を用いて、目的タンパクと一緒にDNAを免疫沈降して、DNAのどの部分にタンパク質が結合しているのかを調べることができる。次世代シーケンサーを用いることでゲノムワイドにタンパク結合部位を調べマッピングすることができる。
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
循環器領域において、罹患患者数の多い虚血性心疾患、特に心筋梗塞に関する研究を行うことは非常に重要です。
基礎実験で心筋梗塞時のシグナリングなどの研究を行うには、まず心筋梗塞モデルの実験系を構築する必要があります。マウスを用いたIn-Vivo実験では以前お話をしたように手術を行い、左冠動脈前下行枝を結紮することで心筋梗塞モデルを作成します。一方、ラットなどの心筋細胞を用いたIn-Vitro実験では、細胞を一定時間低酸素環境下に置くことで心筋梗塞環境とみなし実験を行うことが広く受け入れられています。
この低酸素実験を行うために使用されているのが低酸素チャンバー(図)と呼ばれるものです。プレートに心筋細胞を培養し必要な介入(遺伝子の過剰発現やノックダウン)を行った後に、低酸素チャンバーにプレートを入れます。チャンバーの蓋を密閉した後、チャンバー側面から出ているチューブに窒素タンクを接続します。窒素を流しチャンバー中の酸素を窒素に置換していきます。チャンバー内に酸素モニターを入れて酸素濃度をモニタリングしながら、目的とする酸素濃度まで下げていきます。
酸素濃度や低酸素環境の継続時間は実験目的により異なり、画一的なプロトコールは存在しません。一般的には急性心筋梗塞の急性期の変化をシミュレートするにはO2 1~2%、1~6時間程度のセッティング、より長時間の虚血の影響を調べる際はO2 1~5%、12~24時間程度のセッティングを用いることが多くなっています。再灌流障害(血流を再開したときに生じる有害事象)に関する研究の場合は一定時間低酸素とした後に、通常酸素濃度の環境に戻し、時間を置いて細胞を回収し解析を行います。
低酸素実験の問題点としては、実際の心筋梗塞と違い血流を介した低酸素環境ではないため、酸素条件以外の条件(栄養や老廃物の循環)まではシミュレートできないことなどが挙げられます。
図. 低酸素チャンバー
リング状の器具をロックすると内部空間が密閉される。
チャンバー下部側面から出ているチューブの一方に窒素を接続し、内部の空気を窒素で置換していく。目的酸素濃度に達したら2本のチューブをクランプし、インキュベーター内で一定時間保管する。
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Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
生物の生命活動はDNA情報をタンパク質に翻訳することで行われています。そして、翻訳によってできたタンパク質の一部は細胞内で別のタンパク質の発現を制御し、非常に複雑な生体システムを構築しています。一方、できたタンパク質を細胞内で分解するシステムがあることも分かっています。これは細胞内のシグナル伝達経路の調整に非常に重要なシステムです。細胞内タンパク質分解システムは大きく分けるとリソソーム(物質の分解を担う細胞内小器官)が関与するものと、ユビキチン修飾系と呼ばれるものの2種類があります。今回はユビキチン修飾系についてお話させていただきます。ユビキチン修飾系にはE1(活性化酵)、E2(結合酵素)、E3(ユビキチンリガーゼ)の3種類の酵素が関与します。E1はユビキチンを活性化する酵素で、エネルギー(ATP)を使ってユビキチンの末端をE1自身に付加します。さらにE1は活性化したユビキチンをE2に渡します。E2はユビキチン接合酵素で、標的タンパク質に結合しているE3(ユビキチンリガーゼ)に接合します。するとE2に付いているユビキチンがE3を介して標的タンパク質に受け渡されます。このようにして標的タンパク質に複数のユビキチンが付加(ポリユビキチン化)されていくと、プロテアソームというタンパク分解酵素がユビキチン化されたタンパクを認識してこれを分解します。一度標的タンパク質に結合してプロテアソームに取り込まれたユビキチンは、脱ユビキチン化酵素(DUB)によって基質から除去され、再利用されます。
ユビキチンプロテアソーム系の機能障害は神経変性疾患や癌など、多くの疾患に関与していることが分かってきています。プロテアソーム阻害薬であるボルテゾミブは多発性骨髄腫の治療薬として臨床応用されています。また、最近では腎性貧血の治療薬としてPHD阻害薬が使用されるようになりました。PHDによりHIF(低酸素誘導因子)が水酸化されるとHIFがユビキチンプロテアソーム経路によって分解されます。PHD阻害薬はHIFのユビキチン化を抑制することでHIFの分解を抑制し、HIFを安定化させます。HIFの刺激によりエリスロポエチンという造血促進タンパクが増加し、貧血を改善させることができます。
2004年、ユビキチンを介したタンパク質分解の発見の功績により、チカノーバー、ローズ、ハーシュコの3人の研究者がノーベル化学賞を受賞しました。
図
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オミックス(Omics)はギリシャ語で「すべて」を表す-omeに「学問」を意味する-icsを付けた言葉であり、その研究対象全体の学問を意味します。これまでの分子生物学は病態解明のために単一分子に着目して仮説を検証していく手法で発展してきましたが、次世代シークエンサー(塩基配列解読装置)の登場や解析技術の進歩により、生体内の遺伝子やタンパク質などを網羅的に調べて病態に迫る新しい方法が登場してきています。これをオミックス解析と呼び、対象がDNAならゲノミクス、mRNAであればトランスクリプトミクス、タンパク質ならプロテオミクス、最終代謝産物の場合はメタボロミクスと呼ばれます(図1)。
① ゲノミクス
ゲノム(遺伝子)を網羅的に解析する手法です。単一遺伝疾患では、ポジショナルクローニングと言われるような、疾患の原因となっている遺伝子の位置を染色体上にマッピングして、その部位の塩基配列を調べる方法により原因遺伝子の同定を行うことができます。複数の遺伝子が発症に関与する疾患に対しては、ゲノムワイド関連解析(GWAS)(塩基配列中に一塩基だけ違う塩基に置換されている部位(SNP)をマーカーにして、SNPの位置と疾患(糖尿病、脂質異常症、虚血性心疾患などの単一遺伝子では説明できないような疾患)の関連性を統計学的に検索する手法)が行われています。GWASで得られた情報は治療ターゲットや疾患リスクの層別化などへ応用されます。
② トランスクリプトミクス
DNAから転写されたmRNAを網羅的に調べる手法です。従来はRT-PCRによって目的の遺伝子を増幅させて発現量を定量していましたが、この手法では目的とする遺伝子しか解析できません。次世代シークエンサーを用いたRNA seqでは、サンプル中に存在する全ての遺伝子の発現量を定量することができます。最近では1細胞ごとに個別のmRNAを検出することも可能となってきています。
③ プロテオミクス
DNAからの転写、翻訳の結果生成されたタンパク質を網羅的に調べます。mRNAの発現とある程度相関しますが、転写後のmRNAや生成されたタンパクの修飾や分解があるため、必ずしもmRNAとタンパク質の発現は一致しません。例えば正常者と疾患患者の血液をプロテオーム解析にかけ、タンパク発現量の違いからその疾患の新しいバイオマーカーが開発されたりしています。
④ メタボロミクス
メタボロームは様々な生理的プロセスを経て生成された代謝産物のことを指します。対象はタンパク質だけではなく、アミノ酸、糖、有機酸などの低分子代謝物も含まれます。解析対象の物性に合わせて、核磁気共鳴装置、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィーなどが使用されます。
図1.オミックスの種類と構造
図2.オミックス一覧
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今回は細胞生存アッセイ(Cell Viability Assay)についてお話させていただきます。
遺伝子編集や薬剤、治療などが細胞の生存率に及ぼす影響を調べるために使用するのがCell Viability Assayになります。細胞内の代謝能や酵素活性を測定することによって、細胞集団中におけるの生存細胞の割合を推定します。アッセイには原理の違いによりいくつかの種類があります。
① 色素アッセイ
MTT などのテトラゾリウム(Tetrazolium)化合物を用いる細胞生存アッセイで、細胞内の各種脱水素酵素(Dehydrogenases)によって形成される有色ホルマザン(Colored Formazan)を、吸光度によって検出、測定します。また、ミトコンドリア呼吸鎖からの電子受容によるレサズリン(Resazurin)の還元によって生じた蛍光レゾルフィン(Fluorescent Resorufin)を検出する測定法もあります。試薬に含まれる化合物が脱水素酵素で還元されると蛍光を発し、蛍光強度を分光光度計を用いて測定すれば細胞生存率を推定することが可能となります。
② ミトコンドリア膜電位依存的色素アッセイ
ミトコンドリアが傷害を受けるとミトコンドリアの膜電位が消失します。ミトコンドリア膜電位依存的にミトコンドリア膜に蓄積する色素(Mitochondrial membrane potential-dependent dyes)を利用してその傷害を感知し、生存細胞を同定します。この膜電位の消失の現象は、アポトーシス細胞の検出や解析に用いることも可能です。
③ エステラーゼ切断色素アッセイ
カルセイン(Calcein)およびその近縁化合物は疎水性で容易に細胞内に浸透します。生細胞内では加水分解酵素である各種エステラーゼ(Esterases)により切断され、親水性の蛍光物質を生じます。この反応を利用して生細胞を検出します。
④ ATP/ADPアッセイ
細胞の活動に必須である物質 ATP 量と生細胞数はほぼ比例するという原理を利用した、ATP 量の測定アッセイです。細胞膜透過化剤を用いて ATP を放出させた上で ATP 依存性ルシフェラーゼ(ATP-dependent luciferase)による化学発光を利用する方法と、ATP によるグリセロールのリン酸化とそれに伴う呈色・蛍光を利用する方法があります。
⑤ 解糖フラックスと酸素消費アッセイ
酸素消費速度(Oxygen Consumption Rate; OCR)は細胞代謝の活性度を反映します。同時に細胞内酸素レベル(intracellular oxygen level)や解糖活性(glycolysis activity)を測定すれば、より詳細な解析が可能となります。
図.レサズリンを用いた色素アッセイ
生存細胞内ではレサズリンはレゾルフィンに還元されピンク色の強い蛍光を生じる。生存細胞の数と蛍光強度は比例することから、レサズリンを含んだ試薬を培養細胞に添加し、分光光度計でその蛍光を測定することで細胞生存率を推定できる。
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前回遺伝子の発現をノックダウンするsiRNAについてお話させていただきましたが、今回は主に遺伝子の発現を行うために使用するウイルスベクターについてお話させていただきます。目的の細胞に、ある特定の遺伝子を過剰発現させることでその遺伝子の機能を解析することができます。また遺伝子治療のツールとしても用いられています。
ウイルスベクターを構築するにはまず、導入したい目的遺伝子を用意する必要があります。目的の遺伝子配列(プラスミドDNA)を大腸菌に導入することで増幅させ、それを精製します。次にこのプラスミドをウイルスベクターに連結させます。このベクターを制限酵素で線状化して、HEK293というヒト胎児の腎由来の細胞株に導入します。HEK293は容易に遺伝子導入されることから、目的遺伝子のついたウイルスベクターはHEK293の細胞内に取り込まれ、目的遺伝子を含んだウイルス粒子が増殖します。ウイルスを回収し、精製することでウイルスベクターが完成します。これを対象となる細胞に導入されると、対象細胞の中でウイルスベクターに入っている目的遺伝子が発現することになります。その結果として得られるタンパクの発現などをチェックすれば、目的遺伝子の細胞内での役割を解析することができます。
ベクターとして用いられるウイルスにはいくつかの種類があり、それぞれ長所や短所が存在します。代表的なものとして、アデノウイルスベクターやアデノ随伴ウイルスベクターがあります。前者は宿主のゲノムには取り込まれないという特徴があり、宿主に対する毒性が低いことやウイルスの回収効率が良いことがメリットですが、逆に宿主のゲノムに取り込まれないことから効果が一時的で、時間の経過とともにDNAが消失していくことがデメリットです。アデノ随伴ウイルスベクターは安全性が一番のメリットで、自己複製能がないため宿主への病原性がありません。色々な動物種、組織に導入することができることや、in vitroとin vivo両方に使用が可能なことも利点です。ただし搭載可能なゲノムサイズが小さく、4.2kb程度に制限されてしまいます。その他レンチウイルス、レトロウイルスベクターなどもあり、それぞれの特徴を踏まえ、目的に応じて使い分けを行っていきます。
図. アデノウイルスベクター作製の概要
大腸菌を用いて目的遺伝子を増幅させ、アデノウイルスベクターに連結させる。
HEK293細胞に導入しウイルスを増幅させ、回収する。
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今回はsiRNA(small interfering RNA;短鎖干渉RNA)を用いたノックダウンについてお話させていただきます。ある遺伝子の機能を消失もしくは低減させたいとき、完全に消失させる手法がノックアウト、低減させる手法がノックダウンとなります。siRNAはノックダウンの代表的な手法であり、短鎖干渉RNAを細胞内に導入することにより標的RNAの発現を抑制することができます。ノックダウンのメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。
• 遺伝コードを変化させないため、遺伝子の機能を一時的に低減させ、また回復させることができる。
• 単一クローンを単離する必要がないため、少ない労力で行える。
• 遺伝子機能を完全に除去すると細胞傷害を起こす遺伝子の場合、ノックダウンなら部分的な抑制なので細胞障害を起こす可能性が低くなる。
ただし、完全に標的遺伝子の機能を消失させるわけではないので、実験の目的によりノックアウトとノックダウンを選択する必要があります。
siRNAが細胞内に導入されると、Dicerによるプロセシングを経て、一本鎖RNAが標的mRNAと塩基対を形成します。アルゴノート(Argonaute)タンパク質という標的mRNAを破壊したり翻訳抑制したりするタンパクがsiRNAと結合してRISCという複合体を形成し、遺伝子サイレンシングが生じます。その結果として、もともとの遺伝子コードを変化させることなく遺伝子発現の転写後下方制御が生じることになります。RNAやタンパク質の一部の機能は残存し低レベルで翻訳されるため、RNAi技術を用いた遺伝子機能抑制は「ノックダウン」と表現されます。すなわち、遺伝子機能は低減するものの完全に除去されることはありません。細胞実験でノックダウンを行う場合、化学合成された市販のsiRNAと、導入効率を高めるための遺伝子導入試薬を細胞に加えることで非常に簡便にノックダウン実験を行うことが可能です。
RNA干渉を発見したクレイグ ・メロー博士 (Craig C. Mello, PhD)とアンドリュー・ファイアー博士(Andrew Z. Fire, PhD)は2006年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
図.siRNAによるノックダウンの機序
A. siRNAは21塩基対の2本鎖RNAである。
B. Dicerによって切り出されて21-23塩基対のsiRNAとなり、さらに1本鎖RNAとなって標的mRNAと結合する。この際RNAの切断や翻訳抑制をするアルゴノートタンパクと結合し複合体(RISC)を形成する。
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今回は共免疫沈降(Co-immunoprecipitation:Co-IP)についてお話させていただきます。
Co-IPはタンパク質の相互作用を調べるための手法です。
Co-IPはIPを発展させた手法であり、まずはIPについて説明します。IPでは細胞溶解物などのサンプルに、検出したい標的タンパク質の抗体を入れて複合体を形成させます。さらに、この複合体に結合できる抗体結合タンパク質(プロテインA/G)にビーズ(磁気ビーズやアガロースビーズ)という重りが付いた特殊なタンパク質を入れます。すると複合体はビーズ付きタンパク質と結合し、遠心すると沈殿回収されます。沈殿物だけを回収するとビーズに補足されないタンパク質は全て除去されます。最後に標的タンパク質をビーズと切り離す試薬を入れれば、標的タンパク質が分離されることになります。
この方法を用いると、サンプル溶液中で生理的相互作用によって標的タンパク質と結合する他のタンパク質も一緒に補足してくることになります。ビーズで補足してきたタンパクの中に標的タンパク質と直接結合して相互作用を示すタンパク質も存在するはずです。これをウェスタンブロットなどで解析することにより、あるタンパク質と結合して相互作用する他のタンパク質の存在を調べることができるということになり、これをCo-IPと呼びます。つまりターゲットが一次標的(もともと目的としていたタンパク)であれば免疫沈降(IP)と呼ばれ、二次標的(もともとのタンパクと相互作用する他のタンパク質)であれば共免疫沈降 (Co-IP)と呼ばれます。
図: Co-IPの模式図
左; サンプル中にAntigen(あるタンパク質)とProtein interacting with antigen(Antigenタンパク質と結合する他のタンパク質)の複合体が存在する。
中; Antigenに対する抗体を結合させる。さらに、この抗体に結合するビーズを入れて遠心する。ビーズが沈殿するので、補足されなかった余分なタンパクが含まれる上清を捨てる。
右; ビーズにくっついたタンパク複合体のみが残るので、試薬を用いてビーズを外し、タンパク解析(ウェスタンブロッティング)を行い、Antigenに直接結合しているタンパク質をチェックすることができる。
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今回はCRISPR-Cas9という遺伝子編集技術についてお話させていただきます。ゲノム編集とは、文字通りゲノムを編集する技術です。ゲノムの好きなところを切ったり、切った場所に違う配列を入れ込んだりできます。ゲノムの特定部位にランダム変異を導入する方法をノックアウト法、切り取った場所に別の配列を入れる方法をノックイン法と呼びます。
もともとノックアウト・ノックインマウスを作製する技術は1980年代に開発され、胚性幹細胞(ES)細胞にノックアウトやノックインしたい遺伝子配列(ノックアウトの場合は本来の遺伝子配列と少し違う配列)を導入し、このES細胞をマウスの胚盤胞に注入します。生まれてきたマウスはキメラマウスと呼ばれ遺伝子操作された遺伝子と通常の遺伝子両方を有しています。このマウスを通常のマウスと交配させることでヘテロ接合型ノックアウトマウスが作製されますが、この方法は遺伝子組み換え効率が低く時間や費用も掛かるなどの欠点がありました。もっと簡便にノックアウトやノックインができたらよいのにというニーズから、ゲノム編集技術が開発されていきます。ゲノム編集の第一世代は1996年に登場したZinc Finger Nuclease(ZFN)、第二世代は2010年に発表されたTALENです。どちらもヌクレアーゼ(DNA切断酵素)であるFok Iとタンパク質を融合して人工的に作製されたものです。しかし、ターゲットゲノムDNAに結合するのがタンパク質のため、デザインが難しいという欠点がありました。変異導入の確認に費用も時間もかかってしまうため、広く利用されるまでは至りませんでした。このような中で登場したのが、CRISPR/Cas9システムでした。CRISPRとは、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの頭文字を取っており、細菌に存在する数十塩基の繰り返し配列のことを指します。CRISPRは1980年代に日本人によって報告されましたが、長らく注目されることはありませんでした。その後CRISPR近傍にヌクレアーゼなどのDNA切断酵素をコードする遺伝子(Cas)が存在することが明らかになり、CRISPRとCasが外敵のDNAを切断する免疫システムであることが報告されました。侵入してきた外敵のDNAは、Casタンパク質により断片化され、細菌のゲノムにCRISPRとして取込まれ、細胞に記憶されます。次に同じDNAが侵入すると、ゲノム中のCRISPRから相補的な塩基配列のRNAが作られます。このRNAがCasタンパク質などと複合体を形成し、侵入してきたDNAに結合して、侵入してきたDNA鎖を切断・不活性化するのです。
CRISPR/Cas9システムに必要な要素は、ガイドRNA、Cas9、PAM配列となります。ガイドRNAは標的DNAに結合できるように設計されたRNAです。Cas9は標的DNAを切断するハサミの役割をもつタンパク質です。PAM配列はターゲットDNAの下流に存在する、ある特定の塩基配列パターンで、Cas9はこのPAM配列の上流3塩基目と4塩基目の間でDNAを切断します。
ターゲットDNAの下流にPAM配列がないとCRISPRシステムは使用できないということになってしまいますが、現在は色々なCasタンパクが知られており、それぞれ認識するPAM配列が異なるため、これらを組み合わせることで自在なゲノム編集が可能となっています(図1)。
その後切断部分の修復と切断が繰り返されることで修復エラーが起き、その部分のDNAの機能が欠失すればノックアウトの成功です。一方ノックインの場合は挿入したい配列を含んだドナーと呼ばれるベクターを細胞内に導入し、これが切断部分に相同組み換え活性により取り込まれてノックインが成功します(図2)。
このシステムによりゲノム編集が自在に、しかも安価で簡便に行うことができるようになり、遺伝子機能解明研究に大きく寄与しました。また、遺伝子治療分野においてもこれまで異常遺伝子を切り取ったり配列を変更したりするなど不可能だったことが可能となり、治療の可能性が大きく広がりました。
CRISPR/Cas9システムは2012年に米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ博士と、独マックスプランク研究所のエマニュエル・シャルパンティエ博士のグループが発表し、両氏は2020年にノーベル化学賞を受賞しました。
図1. CRISPR/Cas9システムによるDNAの切断
図2. 切断後のノックアウト、ノックイン
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本日はRT-PCR(reverse transcription PCR)についてお話をさせて頂きます。以前お話したPCRはDNAを増幅させて検出する手法になりますが、今回のRT-PCRはRNAの検出や定量に用いる手法になります。遺伝子の発現は、DNAからmRNAが合成され、そこからタンパク質が産生されるという過程をたどります。最終産物であるタンパク質を評価する方法としてウェスタンブロットがありますが、mRNAの発現レベルを定量的に評価できるのがRT-PCRということになります。また、RNAウイルス(COVID-19ウイルスもRNAウイルスです)を検出する際にもRT-PCRが用いられます。通常のPCRとの違いは、PCRの前に逆転写という過程を要することです。RNAを逆転写酵素を用いて相補的DNA(cDNA)に逆転写し、このcDNAを定量的PCRで増幅します(図1)。
RT-PCRには1段階RT-PCRと2段階RT-PCRがあります(図2)。1段階PCRは、特定のターゲットを増幅するための配列特異的プライマーを用いて、逆転写またはcDNA合成とqPCRを試験管1本で実施します。実験による結果のバラつきが減少する、少ない手順に迅速な実験が可能であることなどが利点として挙げられます。同一遺伝子の定量の繰り返しに用いる場合は1段階法が好まれます。欠点としては、cDNAを分注して別途保存することができないため、アッセイを繰り返すためには元のRNAサンプルがさらに必要となる点が挙げられます。一方2段階RT-PCRでは、逆転写反応とqPCR反応を別々の試験管で行います。1段階方よりも手技手順は増えるものの、バッファーと試薬が入った試験管を別々にすることで、逆転写酵素とPCR試薬の選択の幅が広がります。また、1段階目で合成したcDNAをさらに濃縮・精製し、将来的な使用に備えて保管することができたり、同じサンプルから複数遺伝子を定量するために使うことができるのが利点です。
逆転写が終了したら、いわゆるリアルタイムPCR(定量的PCR)を行います(図3)。サーマルサイクラー(DNA増幅装置)と分光蛍光光度計を一体化したリアルタイムPCR専用装置を用いて行います。増幅したDNAに結合する蛍光色素を使用し、増幅するDNAの状況を分光蛍光光度計で測定していきます。濃度が分かっているDNAサンプルで検量線を描き、そこに測定したいサンプルの光度変化をプロットしていきます。こうすることでサンプル中のDNA(RNA)量を測定することができます。
図1. 逆転写
RNAを逆転写酵素を用いて逆転写して、RNAに対応する相補的cDNAを合成する。これをPCRに用いる。
図2. 1段階法と2段階法
左冠動脈前下行枝(LAD)に結紮を行う。結紮が成功すれば結紮部位より末梢は色調が変化する。
図3. 定量的PCR
既知の濃度のDNAを用いて検量線を書き、そこに濃度未知のサンプルのサイクル数とDNA量の関係をプロットしていくことで濃度を測定することができる。
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本日は、心疾患の研究に用いる疾患モデルマウスの作製についてお話させていただきます。動物疾患モデルは疾病の研究や新薬の開発に大変重要なものです。循環器領域においては、大動脈を結紮して作成する圧負荷心不全モデル(transverse aortic constriction: TAC)や左冠動脈前下行枝の中間部を結紮して作成する心筋虚血モデル(結紮を一定時間で解除する虚血再灌流モデルと永久的に結紮する心筋梗塞モデルがあります)を用いて研究が行われています。
マウスの心臓手術は全身麻酔下で行います。イソフルレンなどの吸入麻酔薬もしくはペントバルビタールなどの注射薬の腹腔内投与で麻酔導入を行います。麻酔導入後、マウスを仰臥位にして手術台にテープで固定します。鎮痛薬投与、除毛、皮膚消毒、心電図モニター装着の後、気管挿管を行います。頸部に皮膚切開を入れて気管を視認しながら、挿管チューブを口から挿入していきます。正しく挿入されると気管内にチューブが進入してくるところが目視できます。頸部の皮膚切開を縫合して心臓手術に移行します。
心筋虚血モデルの作成の場合は胸骨左縁第4肋間レベルに0.5-1.0cmほどの皮膚切開を入れます。攝子と鉗子を用いて筋層を剥離していくと肋骨が露出します。第4肋間で肋間筋を注意深く切開すると縦隔内に心臓を確認できます。開創器で視野を確保し、綿棒などで心膜を剥離して左冠動脈前下行枝を確認します。左前下行枝の中間部を7-0もしくは8-0の縫合糸で結紮します。結紮部位末梢の色調変化と心電図上のST変化により心筋梗塞が完成したことが確認できます。心筋梗塞(慢性虚血)モデルの場合はこのまま肋骨、大胸筋、皮膚をそれぞれ縫合し、体動や自発呼吸が十分確認できたところで抜管を行いケージに戻します。また、虚血再灌流モデルを作成する場合は結紮時に細いチューブを入れて結紮を行い、30分ほど虚血を維持したのちにチューブを外し結紮が緩むことで再灌流を得ます。
TACモデル作成の場合は胸骨上縁付近に1.5cmほどの切開を入れ、筋肉や甲状腺組織を剥離し大動脈弓を確認します。右腕頭動脈と左総頚動脈の間で糸をかけて結紮を行います。術後にエコーで結紮部位の圧格差を測定することでTACが正しく施行されているかの評価が可能です。
疾患モデルマウスの作製は手技自体の侵襲や手技のバラつき(作成した心筋梗塞や大動脈圧格差の程度のバラつき)が研究上の問題となりうるため、より低侵襲にかつ個体ごとのバラつきを最小限にした手技が求められます。
図1. 気管挿管
皮膚切開をして、気管を目視しながらチューブを挿入する。
図2. 心筋梗塞モデルの作成
左冠動脈前下行枝(LAD)に結紮を行う。結紮が成功すれば結紮部位より末梢は色調が変化する。
図3. TAC
右腕頭動脈と左総頚動脈の間で結紮を行う。
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本日はPCRについてお話させていただきます。PCRはコロナウイルス検査で用いられる手法として耳にしたことのある方も多いかと思います。研究領域においても、実験に使用するマウスの遺伝子型判定(目的とする遺伝子がノックアウトされているかどうかを判定する)などで用いられます。PCRとはポリメラーゼ連鎖反応という意味で、DNAポリメラーゼというDNAを複製する酵素を用いてDNAを増幅させることで、本来であれば検出不可能な微量のDNAを検出可能とし、検体中のウイルスの存在やマウスの遺伝子型を判別することができるようになります。原理および手順は以下のようになります。
① DNA抽出液を用意し、そこにDNAポリメラーゼとプライマー(増幅させたいDNA配列の両端に結合する合成DNAのことで、ここがDNAの合成開始点となりDNAポリメラーゼによってプライマーに挟まれた領域のDNAが増幅していく。)を入れてPCR装置(サーマルサイクラー)にかけます。ウイルス検出が目的であれば、そのウイルスに特異的な遺伝子配列、実験動物の遺伝子型判定であれば、ノックアウトさせようとしている遺伝子配列を挟むことのできるプライマーを用意します。
② PCR装置で行われる最初のステップは熱変性です。検体に熱(95℃前後)を加えると、DNAが2本鎖から1本鎖に分離します。
③ 次のステップでは温度を下げて55℃から65℃くらいにします。(プライマーの長さや配列により温度は異なります。)これにより、一本鎖にしたDNA鎖のターゲット部分にあらかじめ抽出液に入れておいたプライマーが結合します。一般的にプライマーは15~30塩基の長さからなる一本鎖の短い合成DNA断片です。元の長い鎖同士も再結合しようと試みますが、プライマーの方が短く、圧倒的に量が多いので、元のDNA同士が結合するよりも早く反応が進みます。この過程はアニーリングを呼ばれます。
④ 次のステップでは再び温度を上げます(72℃くらい)。するとDNAポリメラーゼが作用し、プライマーを起点として新たなDNA分子が合成されていきます。この一連の流れにより、一組の2本鎖DNAから二組の2本鎖DNAが作られたことになります。これらのステップを繰り返すことで、対象とするDNA配列が2倍、4倍、8倍、16倍、32倍、64倍、、、と増えていく計算になります。
コロナウイルスのPCR検査ではリアルタイムPCR装置というものを用いて、PCRを行いながら分光蛍光光度計で増幅産物をモニタリングし、蛍光強度が閾値を超えるのに要したPCRのサイクル数をCt値として表示します。もともとのDNA鋳型が多いほどサイクル数は少なくて済むため、Ct値が小さくなります。実験動物の遺伝子型判定の際は、PCR後に電気泳動を行って、電気泳動したゲルを撮影装置で撮影をします。野生型マウスとノックアウトマウスで増幅されたDNAの分子量が異なることから電気泳動によって判別が可能となります。
図1. PCRの原理
① PCRに必要なもの
② プライマー
増幅させたいDNA領域を挟むことができる合成DNA(プライマー)を準備する。
③ 熱変性
加熱によりDNAを2本鎖から1本鎖にする。
④ アニーリング
温度を下げてプライマーを結合させる。
⑤ 伸長
70℃~75℃くらいまで温度を上げることで、DNAポリメラーゼが作用してプライマーを起点にDNAが複製される。
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本日はタンパク質の検出方法であるウェスタンブロットについてお話させていただきます。WBは抗体を用いて目的とするタンパク質の有無を確認する手法です。前回お話したような遺伝子ノックアウトマウスや、心筋梗塞モデルマウス、心不全モデルマウスなどを作成し、調査対象となる遺伝子の発現が通常時とどのように変化するかを見る際に、対象遺伝子によって産生されるタンパク質をWBで検出します。そうすることで、研究対象としている遺伝子が心臓の働きにどう関与しているか、心筋虚血や心不全の際にどのような働きをするのか、などを明らかにすることができます。
まずはマウス(ノックアウトマウスや心筋梗塞モデルマウス、心不全モデルマウス)の心臓を採取し、心筋組織からタンパク抽出用薬剤を用いてタンパク質を抽出します。続いて抽出液をポリアクリルアミド電気泳動(SDS-PAGE)にかけます。ゲルにタンパク抽出液を流し、電気泳動をしてゲル内を移動させます。分子量の大きさにより移動する速さが違うため、分子量ごとにタンパクが分離されて並ぶ形になります(図1)。タンパクが移動して並んだ状態になったゲルを、今度はメンブレンに転写をします。メンブレンの上にゲルを乗せて専用のトランスファー装置(電気を流して転写する)でゲルのタンパク質をメンブレンに移します。このメンブレンにブロッキング処理を行い、この後反応させる抗体が非特異的に色々なタンパク質に吸着するのを予防します。ブロッキングが終了したら1次抗体という、検出したいタンパク質に対する特異的な抗体とメンブレンを反応させます。さらに、2次抗体といって1次抗体と結合する抗体に浸し、2次抗体に反応する化学発光検出液をメンブレンにかけて化学発光検出装置で撮影を行います。こうして得られた写真が図2となり、バンドの有無で目的タンパク質の発現の有無が判別できます。
図1: WBの原理
電気泳動したタンパク抽出液を膜に転写して抗体をつけて確認する。
図2: WBで得られるデータ
目的タンパク質の有無をバンドで確認する。目的タンパク質の分子量のところにバンドが出れば、タンパク発現があると判断できる。
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本日はノックアウトマウスについてお話させていただきます。私の留学している研究室では、心不全や心筋梗塞の発症に関与する遺伝子やその発現経路を調べるため、ノックアウトマウスを用いた研究を多く行っています。
マウスの特定の遺伝子を不活性化させ、正常のマウスと状態を比較することで、その遺伝子の機能を推定することができます。マウスと人間は多くの遺伝子を共有しており、あらゆる医学領域において疾患の発症原因や治療方法の研究のためにノックアウトマウスが使用されています。最初のノックアウトマウスは1989年に報告され、開発したCapecchi、Evans、Smithiesは2007年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
ノックアウトマウスの作製は、以下のような手順で行われます。
1. ノックアウトする遺伝子のベクターの構築
ノックアウトしたい遺伝子とその周辺領域の塩基配列に不活性化するように一部変更を入れたものを組み込んだDNAベクターというものを作製します。
2. ES細胞の相同組み換え、クローン化
できたターゲティングベクターを、ES細胞(胚性幹細胞)にエレクトロポレーション法(電気刺激を細胞に与え遺伝子を導入する方法)で導入し、相同組換えが起きた細胞を選択(クローン化)していきます。
3. キメラマウスの作製
クローン化したES細胞を胚盤胞にインジェクションします。この胚盤胞をマウスの子宮にいれ、着床すればキメラマウスが生まれてきます。キメラマウスは遺伝子が欠損したノックアウト細胞と遺伝子が正常な野生型の細胞を体内に併せ持つことになります。
4. キメラマウスと野生型マウスの交配
完全に遺伝子が欠損したマウスを得るには、野生型のマウスと遺伝子欠損した生殖細胞をもつキメラマウスを交配し、ヘテロ欠損マウスを作製します。このヘテロ欠損マウス同士をかけ合わせることで完全に遺伝子が欠損したマウスを得ることができます。
こうして作製されたノックアウトマウスは個体の発生段階から全身で遺伝子欠損が生じるため、ノックアウトした遺伝子が生存に必須のものであれば胎児期など早い段階で死亡してしまいます。そうなると、生まれた後で生育とともにその遺伝子がどのような機能を発揮するかを調べることができなくなります。
この問題を解決するために、コンディショナルノックアウト(条件付き遺伝子破壊)という手法が用いられます(図1)。標的遺伝子の働きの無力化を望んだ時期と場所で行えるようにしたものです。Cre/loxPシステムを用い、標的遺伝子の前後を2つのloxP配列であらかじめ挟んでおきます。loxP配列が入っているだけでは遺伝子の発現は通常通り行われますが、loxP配列を認識してloxP配列に挟まれた遺伝子配列を切り出すことができる酵素Creをコードした遺伝子も導入しておくと、Creの種類によってCreがある特定の時期や特定の場所で発現し、Creが発現できる時期や臓器のみで標的遺伝子の働きが無力化されます。このようにして遺伝子欠損の時期や臓器を限定し、より高度な研究を行うことが可能となっています。
図1. コンディショナルノックアウトマウスの作製
Cre遺伝子を持ったマウスと、LoxP遺伝子を持ったマウスを交配させてコンディショナルノックアウトマウスを作製する。特定の時間、臓器で完全に遺伝子の発現を欠損させるためには、左下図のようにLoxP配列が2本鎖DNAの両方に入った状態(homozygous)になる必要がある。
Rutgers New Jersey Medical School
Cell Biology and Molecular Medicine
Postdoctoral Fellow Masato Matsushita
2022年12月より米国ニュージャージー州にあるラトガース大学のラボに留学することになりました。ラトガース大学はニュージャージー州立大学で、1766年に創設された全米で8番目に古い大学だそうです。私はここで細胞生物学分子医学部門のポスドクとして勤務させて頂くことになりました。ラボの教授が日本人の先生であり、これまでも多くの日本人医師が留学されています。現在も私のほかに2名の日本人医師が留学中です。ラボには日本人以外にもアメリカ人、インド人、中国人、韓国人などが所属しています。我々のようなポスドクの他、常勤スタッフ(助教)や学生、研究をサポートする技師・スタッフで構成されています。ラトガース大学にはいくつかのキャンパスがありますが、医学部、歯学部、付属病院、医学研究施設はニューアークに所在しています。ニューアークはニューヨークマンハッタンから車や電車で30分弱の場所に位置する、人口30万人弱の都市です。ニューアーク国際空港があり、日本からも飛行機が飛んでいるので名前は馴染みがあるかもしれません。ニューアークはかつて、全米で一番危険な街と言われるほど治安が悪いことで有名でした。現在もダウンタウンは決して治安は良好ではないため注意が必要かと思われますが、自治体の誘致などによりパナソニックやプルデンシャルなど有名大企業がオフィスビルを構えるなどして街中の雰囲気は改善してきているようです。私は通勤のため電車でニューアーク駅を利用しておりますが、駅やその周辺には路上生活者も見受けられアメリカの格差社会を実感します。
治安、生活、教育などの面から、日本人はニューアーク市内に住むことは少なく、我々ポスドクもマンハッタンの周辺の安全な地域に住むことが多いです。ハドソン川を隔ててマンハッタンの対岸にあるジャージーシティやホーボーケン、ウェストニューヨーク、エッジウォーター、フォートリーなどには日本人が多く居住しています。私はマンハッタンを挟んで、ニュージャージーと逆側にあたる、クイーンズ地区のロングアイランドシティーという所に住むことにしました。自宅から大学までは地下鉄と電車を乗り継ぎ1時間ほどです。ロングアイランドシティーは元々倉庫街のようなところだったようですが、イースト川を挟んで対岸はマンハッタンという良好な立地のため、ここ15年~20年ほどで発達した新興住宅街のような街です。川沿いには高層マンションが沢山立ち並んでいます。スーパーや学校も徒歩圏内にあり、良好な生活環境が整っています。
今後2-3年、アメリカでの留学生活となります。これまで同様循環器領域のトピックスのほか、研究のこと、生活のことなども報告させていただきたいと思います。
【ラトガース ニュージャージー医科大学】
大学、付属病院、研究施設が一つのエリアに集約している。